もじゃもじゃな人の雑記

当方は高専生でしたが今は腐れ大学生.今後は日記および備忘録として動きます.

害虫駆除の数理モデル(寄主-捕食寄生者の差分方程式) 20/08/04

今日は害虫駆除の数理モデルというタイトルを掲げつつ,差分方程式モデルの応用を紹介したいと思います. 扱うのが害虫ということで,別に画像を出したりするわけではないですが,苦手な方はブラウザバックしてください


差分方程式は,例えば次のような式です.

 a_{t+1} = 0.5\ a_t

 t は大抵時間変数で, a_tは例えば時間  t における虫の数です.時間の単位を仮に1週間とすると,左辺は1週間後の  a の値であり,それが現在の  a の0.5倍でになっているという意味です.

これだと単純すぎてよくある漸化式ですが,本題の方程式はもう少し難しいです.


寄主-捕食寄生者の差分方程式モデル(Nicholson-Bailey モデル)

このモデルは,害虫を駆除するために他の生物を利用しようぜ! という場合のモデルです.

シナリオを説明します.

  • 寄主:ここでは害虫のこと.幼虫かさなぎのとき寄生者に卵を産み付けられると死んでしまう.
  • 捕食寄生者:成虫の間は自由に生活するが,卵を寄主に産みつけようとする.ただし,寄主がいないと繁殖することができず,全滅する.

捕食寄生者を害虫がいる畑とかに放ったら,勝手に害虫が死んでいきそうな感じがしますね! でもそんなに簡単でもありません.捕食寄生者を導入したときに考えられる結末はいくつかあるでしょう:

  1. 両方とも絶滅する(大成功!)
  2. 両方生き残り続ける
  3. 捕食寄生者が早々に絶滅して,寄主(害虫)が大増殖する(最悪)

今回のモデルを用いる主なモチベーションとしては,結末1や2が起きるような条件を知ることです.3は多分ですけどはっきりとは分からないのかな,とこれを書きつつ考えてます(違ってたら教えてください).

以上のことが分かると,どうやれば害虫の駆除が成功するかあらかじめ分かるということになって便利ですね!


差分方程式モデル

 N_{t+1} = r N_t\ {\rm exp}(-a P_t)

 P_{t+1} = e N_t\ (1 -{\rm exp}(-a P_t))

変数を説明しましょう.

  •  N_t:寄主の密度(数じゃないですけど,似たようなものです)
  •  P_t:捕食寄生者の密度(同上)
  •  r:寄生されず生き残った寄主の成虫が産む卵の数
  •  e:生き残っている寄主に捕食寄生者が産み付ける卵の数
  •  a:1匹の捕食寄生者がある寄主に出会う確率(出会うと寄主は卵を産み付けられる)

上の差分方程式は,1世代の間に起こる変化を表します.つまり,時間  t が1つ進むたびに,親から子へ世代交代しているイメージを持ってください.

以下の図も使って説明していきます.

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図. 1世代で寄主と捕食寄生者との間に起こること

まず  N_t,\ P_t の時点では,寄主も捕食寄生者も成虫になったばかりと考えてください.

さて,寄主の方( N_t)は単純に考えると,1世代の間に1匹あたり  r 個の卵を残すので,そのまま卵が無事に孵って成虫まで育てば,次世代(の密度)は  r N_t になります. つまり  N_{t+1}\ =\ r N_t です.

これはよくある漸化式なので,もし  r>1 なら  N_{\infty} が無限大になることがすぐ分かります(ここでは密度なので,無限大になるってのは変な話ですが).

しかし,今回の差分方程式には  {\rm exp}(-a P_t) という項が掛けられています.これは何を意味するのでしょうか? これによって  N_t は増加するのか,はたまた減少するのでしょうか?

答えは減少するであり,この項は捕食寄生者  P_t に運良く寄生されなかった寄主の割合を表します.

このことはつまり,残りの  1-{\rm exp}(-a P_t) という割合の寄主は,寄生されてしまって死んだことを示唆します.

本来なら  r N_t が生き残れるはずが,寄生の影響によって,それより少ない  r N_t\ {\rm exp}(-a P_t) しか  N_{t+1} の世代に残せないのです.


次に捕食寄生者  P_t は,図にあるように寄主に対して寄生を試みます. 彼らは寄生する際に,1匹あたり  e 個の卵を産みます.

差分方程式を理解するには  N_t\ (1-{\rm exp}(-a P_t)) という塊をまず理解するのが良いでしょう. すぐ上で書いたことを元にすると,この塊は寄生された寄主を表していると分かります.

その寄生された寄主にはそれぞれ  e 個の卵が産み付けられているはずなので,それらが孵ると  P_{t+1} になるというのが式の意味です.



平衡解を求める(変化が止まるのはどういうとき?)

さて,今回の差分方程式系は複雑なので,漸化式を解いて一般系を出すみたいな感じで,一般解を出すことは難しいです.

しかし,一般解が分からなくても,この方程式が表す寄主と捕食寄生者の争いがどういった形で落ち着くのか,ということについては求めることができます.

それが平衡解です!

平衡解とは,世代交代によって  N_t P_t も変化しなくなってしまった状態を表します. これは式で表すと,  N_t = N_{t+1} = r N_t\ {\rm exp}(-a P_t) ということです.

こういうと難しいかもしれませんが,最も簡単な平衡解は  N_t=0,\ P_t=0 です.あとで求めますが,これは今回の方程式にも当てはまります.

試しに  N_t,\ P_t に代入して  t+1 での値を求めてみてください.答えはどちらも  0 になるはずです.

この平衡解を探すのは,大抵それほど難しくありません.次の連立方程式を解けば良いです.

 \bar{N} = r \bar{N}\ {\rm exp}(-a \bar{P})

 \bar{P} = e \bar{N}\ (1 -{\rm exp}(-a \bar{P}))

これらについて, \bar{N}=0,\ \bar{P}=0 がやはり成りたちます.

それらを除外すると(詳細は省きますが),次の解も見つかります.

 \bar{N}=\frac{r\ {\rm ln}\ r}{(r-1) a e},\ \bar{P}=\frac{{\rm ln}\ r}{a}

こちらの平衡解が  r>1 で正になることは重要です.生物がバックグラウンドにあるモデルなので,負になるのは明らかにおかしいですからね.



解の安定性(平衡解から少しずれたら何が起こるか調べる)

これで最後ですが,さっき求めた平衡解,すなわち変化が完全に止まる点というのがノイズに強いか調べます.

ノイズに強いか,というのがどういう意味かというと,例えばちょっとだけよその畑から寄主が飛んできたとかして平衡解の状態が崩れたとき,またしばらく経つと平衡解に戻ることはできるか? ということです.

ノイズに強いと,その解は安定です(正確にいうと局所漸近安定というようです).

逆に戻ってこれず,どんどん平衡解から離れていってしまうなら,その解は不安定と言います.

これはヤコビ行列を使うと分かるんですが,長くなってきたので過程は割愛します.すみません.僕が疲れただけです. 基本的な方針としては,平衡解から少し離れてしまったとき,その小さなズレが時間経過によって増大していくか減少していくかを見極めることで,前者なら不安定,後者なら安定だと判別できます.

結果からいうと,両方  0 になって絶滅する平衡解は  1>r>0 のとき(なんかHTMLとの兼ね合いで小なり不等号が打てなかった)ノイズに強く(局所漸近安定), r>1 のとき不安定です.

もう一方の平衡解は  r>1 に対して不安定になることが分かっています.

補足:一歩進んだモデル

このモデルだと, P_t が全滅したら  N_t が無限大まで指数増殖してしまいます.

しかし,現実においては食物あるいは場所に制限があるため,無限大に増殖するのは変です.

それを解決するために,1本目の方程式の  r の定数部分を  {\rm exp}\left(r\ \left(1-\frac{N_t}{K}\right) \right) に変えることができます.

この置き換えにより, N_t が小さいときはほぼ指数増殖し, N_t が大きくなって  K に近づくと次第に増殖が抑えられ, K に漸近するというダイナミクスが得られます.

この置き換えをした差分方程式系も同様に解くことができて,今度は正の平衡解も安定になることが示せるようです.

結び

長々と書いてしまいましたが,差分方程式を使うと害虫 vs. 捕食寄生者の血で血を洗う生き残りバトルの行く末が占える,というのが言いたいことでした.

工学で微分方程式とかっていうと,大抵は流体だったり熱伝導の偏微分方程式になって,そのままでは一般解が解けないので数値的に解くのが多いのかなという認識があります.それによって例えば空気の動きをシミュレートしたりするような感じで.

しかし今回のモデルでは,過程はとりあえず置いといて,最終的にどうなるか知りたいというのがモチベーションになっていました.

差分方程式とか微分方程式は未来を予想できるという点が面白いなと思います.まあもちろん多大な仮定は入っているんですけど,あまりに特殊な場合を除いて大体こうなるはずだよ,みたいなモデルが作れたら楽しそうですね.やってみたいです.

というわけで今回は以上になります.最後のところに参考文献だけ書いて終わりにします.見てくださってどうもありがとうございます.



参考文献

  • [Linda J.S.Allen 著,竹内 康博.佐藤 一憲,守田 智,宮崎 倫子監訳,生物数学入門―差分方程式・微分方程式の基礎からのアプローチ―,共立出版(2011)]