人と話したいが近頃その機会が全くなかったので、壁打ちをしようと思って筆を取っている。
まあ僕の言う「話したい」ってのは「自分の思想を誰かに聞いてもらってなるほどとか言われたい」と完全に同義であって、本当にその欲求が満たせる機会というのはほとんどない。
だから、話せる人を捕まえることすら面倒がる人間にとっては、結局こういう壁打ちが手っ取り早いんだと思う。
……よく考えたら、研究室でゼミやってる時間はその欲求解消に役立っていたのかもしれない。どうりで毎週ゼミが楽しみだったはずだ。
さて、今日は知らんうちに出ていたBUMP OF CHICKENの曲、Sleep Walking Orchestraについて。
これはアニメ「ダンジョン飯」のオープニングテーマになっている曲で、アニメを通じて知って以来、非常に気に入っている。
今のところ特に気に入っているのは歌詞だ。
相変わらず、「理解できないようでギリギリ理解できる」歌詞だなと思う(僕の理解力に対して)。このギリギリ感があるから、毎度新しい曲が出るたびに謎解きのようなワクワク感を持って曲に向き合うことができ、どんどん好きになっていくのだ。
また、自分の解釈ではあるが曲のテーマ(メッセージ)もいいと思う。
1番サビの歌詞は次のようになっている。
どうして体は生きたがるの 心に何を求めているの
肺が吸い込んだ 続きの世界 何度でも吐いた 命の証
さあ今 鍵が廻る音 探し物が囁くよ
赤い血が巡る その全てで 見えない糸を手繰り寄せて
冒頭の「どうして体は生きたがるの 心に何を求めているの」というフレーズは、「内心ではもはや生きたいと思っていないのに、どうして体はまだ生きたがるの? 私を生かして、この先どうしろと言うの?」と解釈できると思っていて、これこそが、曲が我々に投げかける命題なんだろうと考えている。
前半の「もはや生きたくないのに」という前提はあまり一般的でないかもしれないが、後半の「この先どうしろと言うのか?」という疑問や不安は、きっと多くの人が経験してきたはず。
それに対して、BUMPの作詞作曲担当、藤原基央さんは「さあ今 鍵が回る音 探し物が囁くよ」と歌う。
これは、「探し物」の存在、すなわち目的意識を持つことこそが対処方法だと伝えているんだと思う。
そして「探し物」へ至るには「見えない糸を手繰り寄せる」しかない。
そのためにも、「赤い血が巡る」君自身の体が必要なんだと。
そういうわけで、乱暴に言うと
生きたくないだぁ⁉
そんなこと言ったところで、呼吸も腹が空くのも止められないぞ⁉
もし生きる意味が分かんなくなったとしても、今からでもなんかやりたいこと見つければいいだろうが‼
あと、どうせ勝手に生きやがるんだし、やりたいこと見つけた後は酷使するかもだし、ちゃんと体の健康は保っといた方がいいぞ
というメッセージなんだと、僕は勝手に解釈している(個人の意見)。
なお、体の健康云々は、これが「ダンジョン飯」というきちんと食べることの大切さを伝える作品のテーマ曲だから、という色眼鏡が入っている。
さてさて、
流れで何度か出した「ダンジョン飯」という作品だが、アニメも見ているし原作漫画もうっかり揃えてしまうくらいハマってしまっている。
短く言うと、ダンジョンの奥深くで妹を食われてしまった主人公が、焦りつつもちゃんとした飯を食べながら、妹を取り戻そうと冒険する物語。
しっかりとした世界観の下で、人間味あふれる(つまりクセありまくりの)登場人物たちが有機的に絡んでいく様は、一見の価値あり!
という宣伝をしたところで、今日はこの辺で。